音楽にまつわるあれこれ


by august_moon
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<   2005年 05月 ( 5 )   > この月の画像一覧

14歳当時のBoA

c0026024_16465997.jpgこの画像、BoAが初めて日本のCM出演でデビューした時のもの。

彼女は日本でデビューしてから、もう4年も経っている。ほとんど日本人と変わらないくらい日本語も話せて、おまけに歌もダンスも上手いと来れば、日本の音楽業界で、売れないはずは無い。おそらく彼女がポップス界において、一番成功した韓国人アーティストであることは間違いないと言えるだろう。

彼女が2001年に歌番組に出演しているビデオを久々に見ていたのだけれど、"Amazing Kiss"を披露するのに、物凄く必死になっているのを感じた。

振り付けは元TRFのSAMが担当していて、ヘッドセット・マイクをして、踊りながら歌っているけれど、なんとなく声が震えている感じがした。歌番組に出演することに緊張して、声が震えているのかな?とも思ったけれど、よくよく聴いてみると、やはりダンスがきついのだろうと思った。体に力が入っているし、メロディーの間のブレス(呼吸)もかなり大きく吸い込んでいるのが分かる。


韓国の音楽番組は、ここ数年で、アーティストに生歌を披露させるようにしているけれども、それ以前はリップシンク(クチパク)が多かった。踊りがかっこよく、激しいだけあって、歌でしくじるのを恐れて、事務所側としても、あまり生で歌わせたくないと言うのが本音だったのだろう。


BoAもここ数年の間に、自分のプライベート休暇を利用してまで、ボイス・トレーニングをして来たようだし、本人もダンスで腰を振るにしても、「何であんなに力が入っていたのだろう」と、自らも思い返すほど、デビュー当初と、今現在とでは、大きく成長したことが分かる。


それにしても最近の日本の音楽業界はどうなっているのだろうか。歌番組はトークの部分が多くなってきてしまっているし、テレビドラマのタイアップで、毎回聴かされない限り、楽曲が印象に残らなくなってきている感じがする。
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by august_moon | 2005-05-26 16:49 | 邦楽

Lee Ritenourと杏里が婚約!

c0026024_12193825.jpg「えーっ!」と驚くニュースが飛び込んできた。ジャズ・フュージョン界の名ギタリスト、Lee Ritenour(リー・リトナー)と、「オリビアを聴きながら」で有名な杏里が、この度婚約をした。

杏里のツアー、5月20日(金)のよこすか芸術劇場で行ったコンサートのアンコールで衝撃告白をしたとのこと。

二人の出会いは、杏里の洋楽カバー・アルバム、"SMOOTH JAM -Quiet Storm-"の制作の際に、歌手とプロデューサーという形で知り合ったのがきっかけ。

その後も、杏里がリトナーのコンサートに参加して、彼のギターに合わせて歌を披露したこともあるという。

お互いにアーティストとして尊敬し合い、交際を深めて行った模様。

今後は彼らの才能をジョイントさせたアルバムが制作されることを期待する。また二人で同じステージに立って、コンサートを披露してくれるのを願う。



c0026024_12203535.jpg"SMOOTH JAM -Quiet Storm-"
1. Malibu
2. The Best of Me
3. No Sympathy
4. Every Breath You Take
5. If
6. Hard to Say I'm Sorry
7. Somewhere In Time
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by august_moon | 2005-05-23 12:24 | 邦楽

懐かしきチョッパー奏法

本屋の音楽雑誌コーナーで立ち読みをしていたら、高校生二人が何やら雑誌を開きながら語り合っていた。どうやら二人はバンドに興味があるらしく、「あれが分からない」とか、「これが凄い」などと語り合っていた。なんだかバンド活動に憧れていた、自分の若き日々を思い出した。

そしてちょっと耳にしたのが、ベースの「チョッパー奏法」についてで、テキストに文章で書いてあっても、実際にどうやったらいいのかコツが分からない、と一人の高校生が言っていた。

自分もベースのチョッパー奏法の音と、演奏スタイルのかっこよさが大好きだったけれど、もう随分と久しく生演奏(もしくはテレビ・ビデオ等)を観ることが無くなったな…と思い返していた。70年代のファンクや80年代のフュージョンなんかではよく聴かれたのにね。

チョッパー奏法の何が凄いかって言ったら、バンドにドラムがいないけれど、「ドラム風の音が欲しい!」という「音楽的欲求から生まれた奏法」であると言うこと。

バスドラムのキックは、親指でベースの低弦を親指で叩く、サムダウンで鳴らし、スネアドラムの音は、人差し指や、中指で高弦を引いて弾き返す方法で鳴らす。

c0026024_160498.jpgチョッパー奏法の先駆者はラリー・グラハムだから、彼のアルバムなんかが聴きたくなった。個人的に好きなベーシストと言えば、ナルチョこと、鳴瀬喜博かな?後藤次利も嫌いじゃないけど。たまにはフュージョンのDVDなんかも観たら面白いかも。





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by august_moon | 2005-05-20 16:05 | エピソード

どうかな?

たしかなこと 小田和正
これ、来る5月25日に、小田和正が「まっ白」(TBS系ドラマ「それは、突然嵐のように…」主題歌)以来、1年3ヶ月ぶりにリリースするニュー・シングル。「♪雨上がりの~空を見ていた♪」の通りのイメージ・ジャケットになっている。

明治生命と安田生命が合併し、新しい企業として誕生した明治安田生命から“「言葉にできない」以上の楽曲制作をお願いしたい”という依頼があったそうなのだけれど、「言葉にできない」は、長い年月を経て人々の心に浸透した楽曲であるため、その楽曲を超えた「愛」の歌を制作するのはかなり大変だったらしいけれど、完成したこの楽曲は、CMソングとして見事に賞賛を浴びるだけの完成度を誇っている。

ニュー・シングルが「たしかなこと」に決まったと知ってから、ずっと頭の中でこの歌を口ずさんでいた。メロディーがシンプルで覚えやすくて、歌詞もふと、空を見上げて、心の中でつぶやくように歌える、素敵な楽曲だとしみじみ感じた。

カップリングには、オフコース時代の楽曲、「生まれ来る子供たちのために」のセルフカバーを収録予定との事。(この楽曲は最近では、佐藤竹善がカバーしている)。



風のようにうたが流れていた DVD-BOX
同日には、DVD「風のように歌が流れていた」の未放送映像も収録の(ほぼ)完全版がリリースされ、6月3日から過去最大動員となる、全国ツアーのために発表されるニュー・アルバム、「そうかな」が6月15日にオリジナル・アルバムとしては5年振りにリリースされる。



収録予定曲は以下の通り;
・たしかなこと (明治安田生命企業CMソング)
・まっ白 (TBS系ドラマ「それは、突然嵐のように…」主題歌)
・風のように歌が流れていた (TBS「月曜組曲・風のように歌が流れていた」テーマ曲)
・明日 (テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」テーマ曲)
・大好きな君に (ハウス北海道シチューCMソング)
……他10曲収録予定

以上、5曲は既にテレビで聴いているけれど、「まっ白」を除く4曲はやや落ち着いた曲調のような気がする。と言うことは、まだ未発表の楽曲はアップテンポの楽曲が収録されるのかと、今から楽しみだ。



武道館公演のチケットも予約したし、18年ぶりにナマ小田和正を観れるのは非常に楽しみだな。コンサートのオープニング曲は何かな?最後の曲は何かな?アンコールは何回かな?アンコール曲は何かな?な~んて、思いを巡らしているこの頃。
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by august_moon | 2005-05-14 18:54 | 邦楽
c0026024_18555934.jpgご存知この方、ラテン・ミュージックの貴公子、リッキー・マーティン。誰、それ?と言う方は、郷ひろみが歌った「ゴールドフィンガー'99」、「♪ア・チ・チ・ア・チー♪」の原曲、"LIVIN' LA VIDA LOCA"を歌った人と説明すれば分かるだろう。

また、サッカー好きの人なら、1998年のサッカー・ワールド・カップの公式テーマ曲を歌った人として知っているかも。パリでの決勝戦前の彼のパフォーマンスは全世界で20億人が観たとされていて、英語とスペイン語でリリースした同テーマ曲、"The Cup of Life / La Copa de la Vida"は、ラテン音楽としては驚異的な800万枚のCDが売れたとして、新記録を打ち立てた。もちろんアメリカでもインターナショナル・チャートの1位に入り、"TIME"誌の表紙を飾ったほどブレイクした。

マイノリティーなラテン・ミュージックで、彼が1998年にブレイクしただけでも驚いたが、その時自分はもう一つの驚きがあった。と言うのも、彼は既に1985年の時点で日本に来日していたからだ。

名前がアメリカ風の呼び名になっていたので気づかなかったけれども、スペイン語風の名前の呼び名はエンリケ・マルティンと言う。初来日から14年経った彼があんなにイイ男になっていたのにはほんと驚かされた。



公にはあまりなっていないけれども、彼は10代半ばですでに音楽業界入りをしていて、ラテン版ジャニーズみたいなグループ、「メヌード」の一員として活躍していた。「メヌード」は5人組で、16歳になると脱退をして、また新メンバーが加わるという、「永遠のアイドル・グループ」だった。

1985年に来日した時は、レコードもリリースして、第14回東京音楽祭に参加していた。


では、当時の彼を振り返ってみましょう!(黄色いシャツがリッキー)
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リッキー(エンリケ・マルティン)
1971年12月24日プエルトリコ生まれ。
身長152cm。
目と髪は茶色。
1984年9月からメンバー加入。
スポーツが大好き。
英語と科学が得意。


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by august_moon | 2005-05-08 19:06 | 洋楽